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思考の??筋道って

2013.02.01(Fri) | EDIT

算数オリンピック委員会の宣伝をしちゃう。
数学・算数しかり実はどんな物事も-だと思われるが、「ある物事について筋道
を立てて考えること」がポイントで、アルゴはその過程・考え方を楽しみながら身に
着けていくためのツールではないか?つまり「分析→予想」「仮説→実証」のセンス
を 磨く道具である!

そもそも勉強とは世の中のことを知り、それを自分の人生に結び付けて活用するものと定義します。
その世の中の様々な出来事を、指導しやすいように、また学びやすいように細分したものが子ども達にとっては国語であったり算数であったりする教科なのです。
即ち、教科分けされた勉強はプロセスであり、(算数だけが出来るから、あるいは国語だけが出来ても役に立つかは???)人生への活用はそれらの教科分けされたもそれらが自分の中に正しく「再結晶」(調整、統合)してこそ意味を持つ。
そんな意味では、遊び心アルゴで養われる論理力は、勉強のプロセスと、また人生での様々な選択といった場面でも役立つと考えられる。いや、役立ったと感じる瞬間がなくとも、楽しかったで今の世には十分役に立つと考えます。(ちびっと、みうちびいき)

直感って、山感とは違うんだよ。

2013.02.01(Fri) | EDIT

これは月刊誌「合格アプローチ」で発表した私の考えです。
私の研究所の出身の作家柳田理科男君が最近のかれの著書「科学的青春」の中でユニークな視点からとらえていたのが44年前に完成した333メートルの東京タワー。ワイヤーなどのない自立鉄塔としてはいまだに世界一の高さを誇っているらしいのですが、これを設計されたのが天才科学者の内藤多仲博士。設計の依頼を受けられた時、即座に「よろしい、ひきうけましょう」と快諾なさったとの事。その後3ヶ月をかけて実際の設計図は完成したのですが、実は、快諾の瞬間にもう内藤博士の頭の中には、おぼろげながらも一瞬に設計図が完成していたのだと思います。そして最終的に出来上がった設計図もそれと大きくは変わらなかったものだと。いろんなお子さんとの触れ合いの中で感じるのは、本当に算数の出来る子たちにはこの博士の逸話と同様の直感力が養成されているのだと実感するのです。
夕食のおかずに何点かの買い物をされたお母さんが、別に緻密な計算をしていたわけでもないのに、レジの合計金額を聞いて「えっ!そんなに高いの」と主婦の研ぎ澄まされた?直感で、係りの計算ミスを指摘なさったりするのもこれに近いものでしょう。
逆に私の言う「おぼろげな設計図」を頭の中にイメージできない子供たちは、必死にそして気真面目に真正面から一歩一歩解答を目指すのです。計算力だけで解ける問題はそれでいいのです。でもそんな彼らにとっては意地悪としかいえない問題も多くあります。(受験算数をはじめ基礎としての計算力に加えて創造性をはかる問題が主流だから)計算の途中で割り算の循環小数につかまってしまい答えを出すことを断念してしまったり、あるいは堂々と常識では考えも付かない答(たとえば極端には40人のクラスのうち、という設問なのに、50人を答えにしたり)を出してしまったりするんです。正面突破のみを試みてもう、へとへとになり思考力も落ちちゃっているんですね。そんな繰り返しが算数・数学嫌いに繋がってしまうケースも多く見られとても残念です。既に算数嫌いになってしまったお子さんに、改めて算数の楽しさを感じてもらうのは本当に大変なことです。本当は好きになれていたのに。
では、この直感力「おぼろげな設計図」はどうすれば養われるのでしょうか。論理的思考(アルゴリズム)に対して直感(ヒューリスティック)というと何か超能力に似通ったもので、ある特殊な人間だけが自然に備えているものと、思われている人も多いようですが、実は無意識のアルゴリズムが直感(ヒューリスティック)ではないかと現在は仮説されています。一見論理的根拠のなさそうな直感も、実は潜在意識下で実はすごいスピードで論理的演算を繰り返しているということのようです。
すなわち、論理訓練の繰り返しが直観力の養成につながっているという事です。

とれたてラジオ

2013.02.01(Fri) | EDIT

「とれたてラジオ」(月-金、6:32~9:00)は7月18> 日
テーマ「子供たちの学力低下を考える」をテーマ

山根説です。
@「ゆとりの教育」という言葉が聞かれるようになってから、以前以上に「子ども達の学力低下」という意識が親達の意識の中に、また有識者の中に育ったように思われます。

私の著書「算数に強い子を育てるために今すぐ出来る70の方法」の中で、文部科学省の指針に対してちょっと意地悪もこめて。
「ゆとり教育」ステキなひびきの言葉に聞こえますね。でも現実はというと学校の学習時間を少なくすることが、「ゆとり」に繋がるとはなんとも奇妙な話です。過去の教育が「ゆとりのない教育」であったと反省しているのでしょうか。そして様々な教育現場での問題が、学校での学習時間を削ることで解決できると考えてのことでしょうか。
全く持って不可解な文部科学省の方針です。
精神的なゆとりが必要なことは確かですし、学校教育以外にも学ぶものがたくさんあることも事実です。でもピンとはずれの教育政策によって、それは「学力低下」といった好ましくない現象の引き金となってしまっています。・・とコメントしました。

プロフィール

科学の先生

Author:科学の先生
KIS科学研究所所長・元算数オリンピック委員・○○大学特命教授 子供数理教室主催
http://kismit.jp

スマホホームページは
http://kismit.jimdo.com/

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